2008年06月16日

七日後現場で感じたこと

 駅を出て少し歩くと、あの香りがした。少なくとも日本人ならば、寺院もない場所で、線香の香りがすれば、「何かあった」と想像するだろう。
 いつもの賑わいだと感じたが、この町を訪れる人が、ちょうど一週間前にこの先で何が起きたかを知らないはずはなく、囁く声、そして口元を抑える女性の顔が、現場が近づいている事を否応なく感じさせる。

 ちょうど現場前の横断歩道前には、脚立に乗って撮影する複数のカメラマンが、混雑を更に酷くした。現場にはたくさんの花やペットボトル、線香に加え、テレビカメラや夥しい量のスチールカメラが、いかに大きな事件が起きたかを現していた。aki061508.jpg

 事故現場横のソフマップ前の献花台には、カメラと人、インタビューするテレビクルーでごった返していたが、ビル脇で亡くなった人への献花と線香がひっそりとしており、このコントラストが切なく、人の死も「数(かず)」なのかと改めて思った。


 まだ事件後一週間という事もあるのだろうが、慰霊の場所と言うよりも、注目の「スポット」であり、花を手向けるにも、カメラと人の好奇の目に、耐える事を求められる。
 以前にも記したが、慰霊の儀式は亡くなった人と亡くした人の距離を穏やかに広げるプロセスとも言え、献花が賑やかさは少しばかりは遺族のやるせなさを癒すことになるだろう。そう思えば、耐えられないほどの「好奇」ではないだろう。aki00615062.jpg

 町を少し歩いてみたが、いくつか気になった。
 複数のパトカーが巡回していたが、警棒を手に携え、いつでも防御できる態勢で歩く警察官の姿は異様に映った。そして、歩行者天国の中止は事件を未然にするためではなく、人を楯に犯人を捕まえやすくするためなのだなと思った。ちょうど、クラスター爆弾のように。守るものは治安であり、国なのだ。少なくとも私はそう思った。

 中央通り脇と秋葉原UDXの前に止められた記者を待つ黒塗りハイヤーは10台を優に超え、官僚のタクシー問題を批判する、そしてエンジンを掛けたままの運転手を待たせる記者に環境問題を語る、資格があるのかと思った。もちろん税金を使っていないとか、キックバックを受けていないとか、タクシーも客待ちしているじゃないのかと言うのかもしれない。ただ、繁華街は看過されるかもしれないが、取材というお題目で行われる住宅地でのハイヤーの記者待ちは地域住民の迷惑だ。特に機動性が求められる場合を除き、見つめ直す時がきている。「何か」のために、過度な消費が許される時代は終焉を迎えた。

 いくつかのテレビクルーが、特集の幅を広げるつもりなのか、アキバ達人みたいな人と町を散策していた。犯人が拘束されたサトー無線跡には、フジテレビの島田彩夏アナウンサーがカメラワークを決めかねていたようだが、その間通行止め(通常でも人通りがあまりないところだが)のようになっていたのは、違和感を感じた。

 これから、一ヶ月、歩行者天国再開、半年、一年と熱は冷めていくのだろう。
 しかし、今回の事件は、無差別殺人としては地下鉄サリン事件と並び、強く記憶に残ると共に、恐怖感を感じさせる事件だ。誰が被害者になってもおかしくない。
 それだけに、本質的な原因に目を向けなければならない。先週、あんなエントリーをあえてしたのも、私なりの意図を持ってエントリーした。
 過労死を自己責任と言い張ったあの人をの「言葉を噛みしめ」、私なりの考察と言うか、考えをエントリーしようと思う。
タグ:事件
posted by KENKOU at 02:02 | Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | 更新情報をチェックする
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