2007年09月15日

飯島はなぜ小泉から去ったのか

 小泉を陰に陽に支えてきた飯島勲が、小泉のもとを去った事が話題だ。以前から、小泉を動かせるのは、二人しかいないと言われてきた。実の姉と飯島だ。あまたいる政治家秘書の中で、飯島ほど動向が話題になる秘書はいなかっただろうし、今後もそうあらわれないだろう。このブログでも、当初から取り上げていたが、「電通」「飯島勲」をエントリーに入れたこともあり、エントリーから3年を経過した今でも、検索エンジン経由でのアクセスがある。

 今回の「辞任」対する報道は一般紙よりも、スポーツ紙の方が詳しい。スポーツ新聞が政治面を強化したのは、小泉「時代」だ。飯島はテレビのワイドショー共に、スポーツ新聞に政治取材のの門戸を開き、「政治に興味を持たなかった層に興味を持たせ」大衆の支持を小泉に集めようとした、される。小泉ブームを見れば、功を奏したことは明らかだろう。

 辞任理由は、各紙概ね同じで
 飯島氏はスポニチ本紙の取材に「きのう、代議士(小泉氏)の机の上に、退職届を置いてきた」と説明。小泉氏とはこの件について直接話していないとし、今後に関しては「これから職探しをする」と語るにとどまっている。

 今回の総裁選では小泉チルドレンらの「小泉前総裁の再登板を実現する有志の会」のメンバーと接触を続けていた。12日には「小泉本人は否定しているが“出てほしい”という声がたくさん寄せられている」と説明。「(議員が)50人以上集まったら、おれの責任で小泉を出馬させる」と飯島氏が話したとされる記事が13日付の一部新聞に掲載された。

 しかし、小泉氏は同日「100%出ない」と不出馬を表明し、福田氏を支持する方向となった。飯島氏は小泉氏が首相当時、首相秘書官として陰に陽に官邸を取り仕切り、官房長官だった福田氏が不快感を示すなど、2人は不仲とされる。

 総裁選と退職の関連について飯島氏は「それは発言しない。燃え尽きたとしか言いようがない」と話している。
[スポニチ 飯島元秘書官 小泉前首相と決別 より引用]
 小泉事務所は辞表を保留にしていると伝えられ、本当に辞任したとは私は思わない。

 確かに、飯島・中川秀直・武部が、「チルドレン」をたきつけ「再登板」を画策したのは事実だ。しかし、目標人数が集まらないばかりか、再登板したところで短期政権になる可能性は高く、自らの安倍への「任命」責任や、自身の政策の影の責任と向き合わざるを得ない。小泉には損だと映ったのだろう。
 小泉は早々と、福田支持を打ち出したが、「裏」があったのではないのか。つまり、小泉が、福田内閣入閣、若しくは党役員に就任すると言うことだ。しかし、反福田とも言える画策をしようとした飯島は目障りだし、「チルドレン」たちにも示しが付かない。また、不仲とされる福田にとっては、飯島の存在が、起用の障害となるのかも知れない。飯島は、一時的に辞めた振りをしているだけではないのか。だから、恩のあるスポーツ紙は、詳しいのだ。飯島が去ったことを印象付けるために。

 飯島にとって、目くらまし辞任など朝飯前だ。それ以上に、小泉が再度表舞台にたち、「地ならし」が終わったあとでの再登板となれば、泥をかぶることを厭わない筈である。

 しかし、私の妄想した下世話な目論見が事実だとしても、世論が小泉を受け入れるかどうかは、飯島といえども予想が付かないとは思うが。

posted by KENKOU at 17:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | 更新情報をチェックする
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