2008年06月09日

アキハバラという町。

 秋葉原で無差別殺人があった。だが、町を歩いていた人たちも、許せない犯人も、訪れたのはアキバ、アキハバラ、AKIHABARAだったのだろう。もし、私が最初に行った町のままだったら、電気街だったら、土地勘があまりないと思われる犯人が、車で向かうことはなかっただろう。人が集う「スポット」だから、標的を合わせたのだろう。

 ずっと前に、遅くともヨドバシカメラ マルチメディアAkibaの開店が、秋葉原から「電気街の」を取り除き、akibaにした。

 かつて、秋葉原は電気街だった。電気店しかなかったと言ってもいい。その前は大きなヤミ市の一つだったし、そのもっと前は下級武士が暮らしていたという。もちろんその頃のことは知らない。
 ただ、私が知る秋葉原にもヤミ市の生き残りのようなバッタ屋が存在していた。誰かに教わったわけではないが、今回事件のあった中央通りの当たりを少し上野方面に向かった当たりから、御徒町・上野の手前までは、何か行ってはいけない場所だと感じていた。今も少しは残っているが、そこにバッタ屋というか、現金問屋が存在していた。
 今考えてみると、その当たりを遊郭があった地域の人たちが感じたような「赤線のようなもの」を感じていたように思う。今でも、台東区千束当たりに行くとその空気感のようなものを私は感じる。なんだか隠微だけれども、とっても魅力的な。

 秋葉原の事情を知る大人たちは、中央通りに店舗を構える「表の」店舗と、御徒町寄りの中央通りの外側に店舗を構え商品の展示をしないバッタ屋との価格の駆け引きをする。表の店舗にも、格があった。一流どころが、ヤマギワ・石丸電気・ラオックス・第一家庭電器(後に破綻)で、このクラスと交渉するとバッタ屋とは価格競争しないとか、B級品(故障などで返品された再生品)は、うちは扱わないからそういった店舗と競合できないとか言われる。このあたりは子供の頃の話なので、記憶間違いや嘘も入っていたかもしれないが、ヤマダ電機に買収されたサトー無線やヨドバシ、さくらやなどはB級品や金融流れ品が混じっていると聞いた。値段が高い言い訳かもしれないが、複数の店舗で聞いた。
 上記の一流どころはメーカーと直接取引しており、それが店員のプライドを支えていたと思う。今は、ビックカメラ、ヨドバシやヤマダ電機はは直接取引は勿論のこと、圧倒的な販売力が価格決定を主導するようになっている。秋葉原は価格において、結果的に販売力も破れたのだ。

 秋葉原の電気街の終焉の始まりを告げたのは、ヨドバシではない。東京都だ。現在のダイビルなどの高層ビルがそびえ立つ秋葉原駅北側は、青果市場(現在は大田)があった。駅前再開発によるものだが、暢気な都知事がハイテクなイメージの秋葉原を情報発信地にしたいと言っていたが、秋葉原を壊したのは東京都だというのは愚かというか、ギャグにしか感じない。自身で認めているように、素人だから当然だろうが。

 かつて足を運んだ方は分かるかと思うが、今回事件の起きた場所は、渋谷で言えばスクランブル交差点、銀座で言えば四丁目交差点だった。過去形なのは、現在はヨドバシの前の方が中心で華やかに感じるからだ。

 今回事件の起きた場所、ソフマップがある場所はかつてヤマギワ東京本店という電気店があった。照明の製造も行っているが、東京本店では高級品(とりわけーハイエンドオーディオの品揃えに関しては他店を抜きんでていた)を扱っており、価格も周辺店に比べ高かった。店員の対応も、客層もデパートに近かった。
 景気後退や販売戦略の問題もあり、80年もの歴史がある電気店の旗艦店はザ・コンピューター館の閉店の少し前に店舗を閉じた。また、この閉店の少し前に、一部マニアには絶大な支持を誇っていたヤマギワソフト館も、ソフマップに譲渡された。

*地図はマウスでスクロールできます。

 二つの「ヤマギワ」はソフマップに譲渡された。ソフマップも創業期はパソコンソフトのコピーツールを扱うなどカオスがぴったりで、かつての秋葉原そのものだった。そして、ソフマップはヨドバシの競合店であるビックカメラ(持ち株比率59.3%)傘下となった。場所的にも、今回の事件現場前のソフマップとヨドバシカメラは山の手・京浜東北線を挟んで建っている。

 何か因縁めいたものを感じる。ソフマップに譲渡されたヤマギワソフト館は、数年前に壊滅的な火災を起こした。そして、かつてのヤマギワ跡のソフマップの前で7人もの命が失われ、10人が傷つけられた。一等地から追い出された老舗ヤマギワの、ビックカメラとヨドバシの怨恨のようなものはないのだろうか。

 戦後復興の象徴の一つは自動車であり、家電だった。これらを輸出することによって、経済が発展し、世界での地位を高めた。家電は、日本そのものでもある。外国人の人気スポットであるAKIHABARAは、家電によるものが大きく、今回の事件の外国での報道は電気街としての秋葉原だ。なじみの秋葉原の店員は、先の日韓ワールドカップでイタリアのトッティが来店したと話していた。こういった事故が起きると、避ける外国人も出てくるだろう。と言うより、有名外国人は有楽町ビックカメラなどの家電量販店を品揃えや警備の関係で選び、秋葉原に向かう人が減ってきている。
 フィギュアやメイド喫茶など、趣味の町として秋葉原を訪れる外国人が多いのだろう。

 アキハバラに聖地という呼称がつくことがある。今回の事件の場所は「聖地の中心地」で発生した。アキハバラではなく秋葉原を知るものとしては、今回の事件は秋葉原の終焉のベルを鳴らしたような気がする。

 秋葉原が終わり、アキハバラへ、と言うことなのだろう。新宿、渋谷、池袋そして、アキハバラは、似たような町となるのだろう。

 暫くしたら、アキハバラを訪れ、亡くなられた方と無くなった秋葉原に花を手向けることにしよう。二度とこの様な惨事が起きないことを祈りながら。














 時々覗いて下さる方へ。
 開設5年目となる、7月ぐらいから再開してみようと考えています。お時間があれば、よろしくお願いします。
タグ:事件
posted by KENKOU at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | 更新情報をチェックする
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